Fragment

文章を書くということ

by Yuki Hattori

会食を終えてホテルに戻ると、ガヤガヤした東京の雑踏から一気に静かな部屋に入ったからか、なんとなくぽっかりと心に穴が空いたような気分になって、かといってもう一杯飲もうかと外に出るような時間でもないので、気を紛らわすためにブログを書いている。文章を書く、という行為は心のザワつきを落ち着けるのにちょうどよく、こういう気分のときはだいたいg.o.a.tの投稿画面を開いている。

僕は、自分の思っていることを人に話すのがあまり得意ではない。もちろん仕事となれば別だけれど、普段考えていることや、今後こんなことをしたいとかそういうことを話すのが苦手で、これまでの人生で人から理解されないことが多かったせいか、いつのまにか自分の話をほとんどしなくなってしまった。
確かに、自分の考えを誰かに話していると、我ながらずいぶん浮き世離れしたことを言っているような気がして、途中で自分自身がシラけてしまったり、相手の顔色が気になって早々に話すのをやめてしまうことがよくある。それでも、多くの人がそうであるように、誰かに聞いてほしいという欲求は僕の中にもあって、そして心のどこかでは、理解してもらうことを求めている。

そんな頭の中を不慣れながらも文章にしてみると、不思議とそれを面白いと言ってくれる人がいる。「ブログ楽しみにしてます」みたいなことを何人かの人に言われてすっかり気を良くした僕は、いつもならブログなんて絶対続かないのに、珍しくそれなりに更新をしている。g.o.a.tでは少し前からアクセス状況を見れるようになっていて、それを眺めるのもまた面白い。ああ、みんなドローンには興味ないんだな、とか、長すぎると最後まで読んでもらえないんだな、とかね(笑)。そうは言っても、それに影響されて記事の内容を変えるのはつまらないので、好きに書いていこうとは思うけれど。

口下手な僕が自分の思いを伝える場を提供してくれるg.o.a.tは、構想段階で聞いていた形に確実に近づいてきていて、文章を書く楽しさを僕に教えてくれる。やはりこのサービスに関われたことは幸運だったなぁとホロ酔いの頭で考えていたら、ようやく睡魔がやってきた。