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雨降りの火曜日

by Yuki Hattori

雨の昼下がり。 仕事に一息入れて、ふと自宅の軒先を見てみると(僕は自宅で仕事をしている)、誰もいるはずのない敷地内に見慣れない人影が。一瞬緊張が走ったものの、人影の正体が老人であることに気がついて緊張は戸惑いに変わる。

雨足が強かったので雨宿りでもしているのかと思い、家の中から様子を見ていると、なにやら不自然な行動をしている。その場で立ったり座ったり、持っているバッグを肩にかけたり外したり。見たところ80代ぐらいで、かなりのご高齢に見える。認知症のご老人だろうか、こういう場合はどうしたらいいんだろう、などと考えていたら、力尽きた様子でその場にへたり込んでしまった。こうなるとさすがに放っておけないので、外に出て声をかけてみた。

おじいさん、どうかしましたか?

あ、いや…あの…すみません…すみません

突然家主に声をかけられて驚いたのだろう、しきりに謝ってくる。

いや、いいんですよ、それより何かお困りですか?

バッグを…せ…背中に…

手に持っているのはエコバッグで、コンビニの帰りだろうか、お菓子やカップラーメン、飲み物などが入っている。そのエコバッグの持ち手の部分を両肩にかけてリュックのように背負いたいようで、さっきの妙な動きはこれがうまくできなくて苦戦していたのだと理解する。言葉は分かりにくいけれど、幸い受け答えはしっかりしているので、認知症などではなさそうだ。

言われるとおりに手伝って背負わせたものの、僕でもズシリとくるほどの重さがあるのと、そもそもリュックではないので安定しないのとで、おじいさんはフラフラとよろけてしまう。杖をつかないと歩けないほど足腰は弱っている様子で、傘をさしながら帰るのはかなり難しく思えた。

僕が荷物を持って一緒についていきますよ。お家はどこですか?

おじいさんは、ありがとうとだけ小さく言うとおぼつかない足取りで歩きはじめた。



傘をさしながら二人で並んで歩く。
おじいちゃん子だった僕は、祖父の晩年、こうしてよく近所の喫茶店にいったことを思い出していた。そんな僕の思いをよそに、おじいさんは歩くだけでもつらそうだ。道のりは歩いて5分もかからない距離だけれど、それはあくまで若い足での話。雨に濡れるのも気の毒なので、車で送っていくことにした。乗りかかった船、これぐらいのおせっかいはいいだろう。

車内でおじいさんは「助かった」と小さくつぶやきながら、何度も何度もお礼を言っていた。

おじいさんの家は何棟もある大型の市営住宅で、棟を聞いてその横に車を停める。部屋は何階ですか?と尋ねると、4階だという。建物は4階建て。エレベーターがない。こういう公営住宅の部屋割りがどうやって決まるのか分からないけれど、こんなに高齢の方が最上階に住んでいるのにはとても驚いた。

手すりを掴みながら必死に階段を登っていく背中はあまりに頼りなくて、足を滑らさないよう細心の注意を払いながら後ろで支える。1人で暮らしているという部屋はこざっぱりとしていて、玄関にかかった不釣り合いに立派な表札が、かつての暮らしの面影を感じさせて少し胸が痛んだ。

お礼をしたいからあがっていってくれという誘いを、次の予定があったため固辞し、玄関先で荷物を渡すと、おじいさんはまた何度もお礼を言っていた。

この市営住宅に独居老人が多く住んでいることはなんとなく知っていたけれど、これまでそれについて深く考えることはなかった。僕の祖母は認知症のため施設に入っていて、そこには綺麗ごとでは済まされないことも多くある。ご老人の一人暮らしに胸を痛めてもそうせざるを得ない状況は理解できるし、各家庭いろいろな事情があるだろう。それを責めることは誰にもできない。

それでも、この国の繁栄を作ってきた功労者たちを押し込めた上に乗っかっている僕達の幸せは、いったい何なんだろう。それを享受している自分にそんなことを言う資格はないのだけれど、とてもいびつなもののように感じてしまった。

おじいさん、風邪ひいてないといいな。
おせっかいついでに、天気のいい日に饅頭でも持って遊びに行ってみるかな。




Yuki Hattori
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