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ラップとバリ島と私。

by Yuki Hattori

インドネシア・バリ島。
僕の人生やキャリアを語るうえで欠かせないこの島に、最近また無性に行きたくなっている。このウズウズした気持ちのガス抜きのために、初めてバリに行った時のことを書こうと思う。

極めて個人的な話でこんなの誰も興味はないだろうけど、備忘録とでもいうか、自分が忘れないためにどこかに残しておきたくなった。ブログをビジネスにつなげようみたいな下心は今のところないから、まぁ好きに書けばいいよね。ブログって本来そういうものだし、なによりg.o.a.tが書きたくさせるんだから仕方がない。

初めてバリに行ったのはちょうど10年前。

当時の僕はラッパーの真似事をしていて、生意気にもマネージャーのような人がいた。彼はあらゆる場面で僕をフックアップしてくれて、テレビで見るような有名アーティストの前座で歌わせてもらったり、「一流を見たほうが良い」と言って、いわゆる外タレのライブにもずいぶん連れて行ってもらった。(ローリン・ヒルを見た日のことは今でも忘れられない)

全国のバンドマンと同じように生活のほとんどを音楽に捧げる毎日を送っていたから、世の中に対する疑問なんかいくらでもあったし、何よりラップという言葉のパズルがあまりにも面白くて、詞はどんどん出てきた。でも、なんせ僕は歌がうまくない。たくさんの人の前で歌うことが生活の中心にあっても、心の奥では自分に歌う才能がないことに薄々気づいていて、皮肉なことに一流の人を見れば見るほどそれを痛感していた。

なので、彼が僕の何に可能性を感じてくれたのかは未だによく分からない。それでも「俺の音楽人生をお前に賭けるよ」と真顔で言ってくれた彼への恩を忘れたことはない。

と、そんなある日、彼が面白い話を持ってきた。

某大物プロデューサーにお前の曲を売り込みたい。向こうも興味を持ってくれてるから、デモテープのレコーディングをしよう。

これがどこまで具体的な話だったのか今となっては何も分からないけれど、当時の僕にとっては「音楽で飯が食えるかもしれない」という希望を抱かせるには十分なできごとで、夢が近づいてきているような感触が確かにあった。まぁ音楽をやっていればこういう話って少なからずあるよね、って今は思うけど、そのときはやっと掴んだチャンスで、飛び上がるぐらい嬉しかったのを覚えている。

出された課題は「3曲入りのデモテープを作る」こと。
楽勝だと思った。

ところが人生というのは難しいもので、この3曲が書けない。何曲か作って持って行っても、自分が良いと思っていないんだからOKが出るはずもなく、結局この大きなチャンスを棒に振ってしまう。こういうことは1つ歯車が狂うと連鎖するのが常で、堰を切ったようにあらゆるものの調子がおかしくなってしまった。ライブには身が入らない、バイトはクビになる、人が離れていったり、逆に悪い人が近づいてきたり。

何かを変える必要があるのは明らかだった。

で、行きづまった末にバリに行くわけなんだけれど、僕もおっさんになったのか、どうも最近話が長くていけない。これは何回かに分けて書こうかな。続きはまた気が向いた時に。


ところで、g.o.a.t のこの新しいテンプレート、調子いいね。


Yuki Hattori
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